茨城県にある菅生沼(すがおぬま)。ミュージアムパークから一望できたり、コハクチョウの越冬地としても知られるこの沼ですが、実はちょっとした伝説が残ってます。
「まんが日本昔ばなし」で見たことがある、なんて人もいるんじゃないでしょうか。お姫様の話だった気がするけど…、あまりよく覚えてない。そんな感じで、気になってる人も多いかもしれません。
「白妙姫伝説」─ 話の内容は追えば分かるのですが、「これって本当の話なの?」「それって…どこで?」とか、引っかかる部分も出てきます。
実際に現地を歩いてみると、そのあたりの見え方が、少し変わってきました。正直、これは事実だったのかもしれないな…、そんなふうに感じた、そのままの記録です。
菅生沼の「白妙姫伝説」とは何なのか

菅生沼に伝わる白妙姫伝説 ─ 城同士の争いの中で、起きた出来事として語られている話です。舞台になったのは菅生城と馬洗城で、菅生城が攻め落とされた側。
白妙姫はその菅生城主の娘として登場し、父を討たれてしまった立場です。そんな白妙姫は仇討ちを決め、敵方である馬洗城に入ります。

侍女として暮らしながら機会をうかがう間に、彼女は馬洗城主の息子・主膳に惹かれてしまったようですが、城主長氏に刀を抜いてしまう場面があり、ここが最大の山場。
ただ結局、彼女はためらって刀を落としてしまいます。その理由は「主膳さまが悲しむから…」と語られていますが、この関係がどうなのか?は怪しいところ。

白妙姫はそのまま城を飛び出し、菅生沼に身を投げました。
そして巨大な「白い鯉」になったんだとか。その鯉は毎年アヤメが咲く季節になると、馬洗城に向かって真っすぐに泳いでいったという…、これが「白妙姫伝説」のあらすじです。
この「伝説」は本当にあった話なのか


さて、この話を追っていくと、まず思うのが「これって本当にあった話?」という疑問でしょう。結論から言うと、当時の記録は限られてるので、この伝説の真偽は分かりません。
ただ、登場人物の記録や地形は消せないので、そのあたりから見ていきます。
まず、攻め落とされた菅生城。これは現在も城跡が残っていて、現地には常総市教育委員会の案内看板も設置されています。


次に馬洗城、城跡としての形こそ残ってませんが、西念寺付近にあったという記録がある。(参考サイト)
私も実際に西念寺に行ってみましたが、ここは辺田三叉路という場所にあって、群馬方面から菅生沼の東西に抜ける要所。



つまり、菅生城を攻める側から見れば、この位置に拠点を置くのは都合が良いということです。敵に背後を取られずらく、攻めやすく逃げやすい場所、それが「辺田三叉路のあたり」だったわけ。
実際、遠方から遠征してきた長氏たちにとって、この場所の「地名」には何の興味もなかったでしょう。
ただ、長旅ゆえに馬を休ませる必要だけはあった。だから「馬洗城」なんてテキトーな名前を付けたんじゃないか、私はそう思います。
白妙姫の父はどんな殿様だったのか


白妙姫はどんな場所で育ったのか、そしてお父さんはどんな人だったのか、気になりますよね。白妙姫の実家、菅生城に行ってみましたが…、まず感じたのは立地の違和感。
城というわりには堅固な構えではなく、見た目は完全に雑木林。もちろんこの時代の城は石垣や天守があるタイプではないので、仕方ないのですが…。
周囲が水田や田畑に囲まれていて、谷戸の中にポコッと盛り上がった丘が城になってる感じ。


まあ、ここまではよくある城跡ですが…、この谷戸周辺には台地が広がっているので、台地上に敵が陣を敷いた場合、城が丸見えになってしまう問題が発生します。
まあハッキリ言うと…、この城、脆弱すぎん?と。もう少し菅生沼に寄せるとか、防御を優先した場所に造ってもよかったと思うのですが、白妙姫パパ(ジジかもしれないけど)はこの場所を選んでる。


つまり、防御より周囲で暮らす人たちとの距離感を大切にしていたのかもしれません。
なので白妙姫パパは「戦い一辺倒」というよりも、日々の暮らしや人とのつながりを大事にするような、「穏やかな性格」だったのかなと感じます。もちろん、想像ですけどね。
白妙姫はなぜ沼に身を投げたのか


さて、この伝説で一番引っかかるのは、やっぱり最後の行動です。白妙姫は馬洗城を飛び出し、そのまま菅生沼に身を投げています。
ただ現在の地図を見ても、馬洗城(西念寺一帯)周辺に大きな沼はなく、話が成立しないように見えてしまう。ただ実際に現地を歩いてみると、印象が変わってしまうんです…。
西念寺一帯の正面には広い低湿地が広がっていて、今でも水路が残っていたりと、大雨時には沼化する可能性があるエリアです。


国土地理院の標高図を見ても、寺の正面が明らかに低地であることがわかると思います。実際、現代ほど治水が行き届いていない時代は、この標高図に近い形で寺の近くまで水が来ていたかもしれません。
さらに、この話の中で白妙姫が沼に身を投げたのは、「アヤメの咲く季節」と書かれてます。これは、5月から6月頃で…田んぼにも水が入り、沼の水量も上がるタイミング。

身を投げる場所としても成立する状況になるでしょう。そしてもう一つ考えるべきことは、「白妙姫は馬洗城主の息子・主膳に惹かれていたのか?」。
ここはもう、私の意見を言います。
彼女はすでに高齢の城主・長氏ではなく、息子・主膳を狙っていたのではないか。でも目の前で、父の「直接の仇」である長氏を仕留める「絶好の機会」が到来してしまった。



そこで思わず刀を抜いてしまったが、それを息子の主膳に見られてしまう。この時点で、彼女の計画は崩れます。
刀を落としたあとの「主膳さまが悲しむから…」という言葉も、おそらくはその場しのぎでしょう。
そして、その後アヤメが咲く季節に馬洗城に向かって真っすぐに泳いでいったのは、巨大な白い鯉になっても、彼女は父の仇を討とうとしていたんじゃないか ─ 私はそう思います。








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