「沼を歩く人」と聞いて、すぐにピンとくる人はあまり多くないかもしれない。山でもなく、海でもなく、観光地でもない。
沼探検隊のクマゴロ隊長は、休日になると沼や水辺を歩き、その様子を記事にしている。彼はなぜ、そこまで沼に惹かれるのか。そしてなぜ、それを発信し続けるのか。
今回は「沼探」を運営するクマゴロ隊長に、沼歩きを始めたきっかけと、今も続けている理由を聞いてみた。
最初から沼が好きだったわけではない

クマゴロ氏は、最初から「沼が好きだった」と言い切るわけではない。もともと好きだったのは、水辺を歩くことだったという。
「子供の頃から水辺が好きだったのは確かです。水が流れてたり、溜まっていたりする場所は、なぜかワクワクする感覚がありました。でも最初から沼そのものが好きだったかと言われると、正直それは違います。」

もともとは足立区内をよく歩いていた。それは休日に体を動かすための散歩であって、水辺にこだわっていたわけではない。ただ街中を歩くことに、少しずつ物足りなさも感じ始めていたという。
「街を歩いてると信号で止められるし、横から車が出てきたりもする。こっちはただ歩きたいだけなのに、いろんな動きに邪魔される感覚があったんです。じゃあ、ただひたすら歩ける場所ってどこだろうと考えたときに、沼に行き着きました。」

それが沼との出会いだったという。湖は遠いし大きすぎるし、池は逆に小さすぎる。ただ無心に、誰にも邪魔されず歩きたいクマゴロ氏にとって、沼はまさにうってつけだったというわけだ。
「初めての沼は手賀沼だったんですが、行ってみたら、自分の好きな泥の匂いがしたんです。それでワクワクしてしまった。ちょうどApple Watchを買ったばかりだったこともあって、歩いた距離を記録するのも楽しかったし。気づいたら手賀沼を一周していて、20キロぐらい歩いていました。」

原点には三浦半島の干潟がある

水辺への興味は、彼の「昔の記憶」ともつながっている。横浜生まれのクマゴロ氏だが、子どもの頃は海よりも野山に近い場所で過ごしていた。
「横浜というと海のイメージがあるかもしれませんが、自分の家から海へ行くのはかなり大変で。むしろ近所の川でザリガニを捕ったり、カエルを捕まえたりして遊んでいました。」
水がある場所には、生き物がいる。その感覚が子どもの頃から残っているという。そして、もうひとつ大きな記憶として語ってくれたのが、三浦半島にある江奈湾という場所。

学生時代、50ccの原付バイクで三浦半島を一周したことがある。その途中で、偶然たどり着いた小さな入江が江奈湾だった。
「そこが干潟になってたんです。そんなことは知らずに走ってたので、うわ…なんだこれって思いました。よく見ると、小さなカニが干潟の上をたくさん歩いてる。それで心をつかまれました。」

泥の匂いに、潮の香りが少し混じる。小さな生き物が動き、そこにあるのは、人間が作るものとは違う「生活感」。20歳になるかならないかの頃に見たその光景は、今の活動にもつながっているという。
「いつか、こういう場所をいろいろ巡る活動をしてみたいと思ったんです。今は沼を中心にしてますが、干潟も本当はすごく好き。去年は念願だった有明海・東よか干潟の観察と、ムツゴロウを食べるために九州まで取材旅行に行ったほどですから。」


好きなことと発信することは違った

沼を歩くこと自体は楽しい。だが、それを発信するとなると話は別だ。クマゴロ氏は、情報発信のテーマを探していた時期に、たまたま水辺歩きにハマっていた。
そこで「誰もやっていないことをやろう」と考え、沼をテーマにしたという。
「わたしは多趣味なタイプなので、どんなことでもできると思ってました。でも、すでに誰かがやっているようなことを発信しても二番煎じになってしまう。それなら、まだ誰もやっていないことは何か?と考えたとき、沼が出てきました。」

ただ、実際に始めてみると難しさもあったという。
「自分は泥の匂いが好きとか、沼の周りをひたすら歩くのが楽しいとか、それでいいんです。でも、それを写真と文章で出したところで、だから何?となってしまう。」

「手賀沼一周は20キロです!って言っても、そんな情報はWikipediaにも書いてあるし。自分が歩く意義って、なんだろう?と悩んだ時期もありました。」
好きでやることと、必要とされる情報を届けること。その間で一度、別の意味で「沼にハマる」辛さを味わったんだとか。
一番つらかったのは危険ではなく迷いだった

沼探検と聞くと、危険な場所へ踏み込むような印象を持つ人もいるかもしれない。しかしクマゴロ氏は、沼の中に入るわけではなく、釣りもしない。基本はあくまで、水辺を歩く活動だ。
「危険な目に遭ったことは、今のところありません。自分は水辺を散歩してるだけなので、よほどのことがなければ…何かに遭うという感じでもないですね。」

それでも、つらかった時期はあったという。それは体力的な問題ではなく、活動そのものへの迷いだった。
「ただひたすら沼を歩くだけでいいのか、と疑問を感じた時期がありました。歩くことが好きで始めたはずなのに、ここで一日かけて歩くことと、その時間を別のことに使うことを天秤にかけ始めていたんです。」

その頃に書いた記事は、今読み返すと「自分の思いが薄かった」と感じることもあるという。
「こんなものを書いても意味ないじゃんと思いました。自分が楽しんでいない記事は、読んでも伝わらない。だからその後は、できる限り自分の思いを入れるようにしています。」
続けている理由は結局「好きだから」

では、なぜ今も続けているのか。答えはとてもシンプルだった。
「やっぱり好きだからじゃないですかね。沼も、歩くことも。休日に自然の中で体を動かすのは気分がいいし、なにより空気に触れることが好きなんです。」

さらに、発信する・人に伝えること自体にも楽しさを感じるという。
「人がわかるように情報を整理して伝えることや、図で表現することも好きですね。まだまだ上手くできていない部分もありますが、やればやるほど上達していく。その感覚が嬉しいんです。」

「沼探」は収益化もしているが、それで生活しようと思ってるわけではなく、彼の中に「大きな野望」があるわけでもないという。
「あくまで趣味としてやってます。でも活動したり記事を書いたりすることで、人に伝える力や、物事を読み解く力が少しずつ伸びていく。いろんな知識も得られるし、そこに気持ちよさや幸せを感じてます。」
変なことで楽しんでる人がいると伝えたい

最後に、クマゴロ氏はこう話してくれた。
「自分が本当に伝えたいのは、この人、変なことで楽しんでるなって気づいてほしいってことだけですかね。」
沼歩きは、多くの人にとって分かりやすい趣味ではない。普通の人が沼を歩いて楽しいかと聞かれれば、首をかしげる人の方が多いだろう。それでも、世の中にはそういう楽しみ方もあるはずだ。

「しょうもないことでも、自分が楽しんでないと、読者には伝わらないと思うんです。」
「世の中には楽しいことがたくさんあるはずで、その多くは、たぶん多くの人が気づいてない『しょうもないこと』なはず。」
沼を歩く。泥の匂いを感じる。水辺に生き物の気配を探す。誰かにとっては何でもない場所が、誰かにとっては心を動かす場所になる。

「俺が楽しまなかったら、このサイトは成立しない。」
「沼探」は、変なことを本気で楽しんでる人の記録でもある。だからこそ、読んでる側も少しだけ思ってしまう。
世の中には、自分がまだ気づいてない楽しいことが、意外と近くに転がってるのかもしれない…ということを。





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