「そうだ 京都、行こう。」みたいに、思い立って日帰りで出かける ─ そんな感じで京都に出かけたくなることって、ありませんか。
でもその一方で、「日帰りなんてもったいないよ!」と止められてしまう。せっかく行くなら泊まらないと意味がない、そんな空気に引っ張られ、自分の感覚に自信が持てなくなってしまったり…。
でも本当に日帰り京都は、もったいないのでしょうか。実はこれ、鎌倉観光を「つまらない」と感じてしまう人の構造とよく似てます。

有名な観光地なのに満たされない。その原因は場所ではなく、旅の組み立て方にあるのかもしれません。
この記事では、日帰り京都がもったいないと感じる理由を、「鎌倉観光がつまらない」と言われがちな問題から考えてみます。
「日帰り京都」は本当にもったいないのか

正直なところ、日帰り京都が「もったいない」と言われてしまうのは…仕方ないかもしれません。
それは、「そうだ 京都、行こう。」キャッチコピーの印象ほど、京都は気軽に行って帰ってこれる距離ではないからです。
東京から向かう場合、新幹線の往復だけでも約4時間、自宅からの移動を含めれば5~6時間は移動に使うことになってしまう。

そう考えると、「せっかく行くなら泊まったほうがいいんじゃないか」と感じるのも自然な流れです。ちなみに「そうだ 京都、行こう。」
というCMを流してる鉄道会社にとっては、日帰りか宿泊かは関係なく、人が移動してくれれば売上としては同じ。

でも実際に旅行する側からすれば「やっぱり別の話」で…、日帰りで往復しようとすれば、どうしても時間効率が落ちてしまう。その結果、「もったいない」というツッコミを受けてしまう…。
つまり、ドライに考えると、それなりに納得できる部分はあるわけです。
「鎌倉がつまらない」と感じてしまう理由

ところで、鎌倉観光を「つまらなかった」と感じてしまう人が、一定数いるようなんです。
鎌倉といえば関東では有名な観光地で、東京からも日帰りで行ける場所として、外国人観光客にもよく知られています。それなのに、なぜか満たされなかったという声が出てくるのはなぜなのか。
ここで少し考えてみると、鎌倉は「日帰りで行く前提の観光地」であることに加えて、「有名な場所は外せない」という考え方で動いてしまうことが影響してるように感じます。

たとえば鎌倉駅に着いたら鶴岡八幡宮に行き、小町通りで食べ歩きをするという定番の流れに乗ってしまうと、それだけで半日近く時間を使ってしまう。
そうなると残りの時間でできることは限られてしまい、「思ったよりやることがない」と感じやすくなるもの。
「もう少しどっか行きたいな…」と思っても陽が落ちてきて、名所といっても「寺ばかり」、何か食べよっか?と思っても「食べ歩きでもう腹パン」という罠。

結果として、本来はもっと名所があるはずの観光地なのに、モヤモヤしたまま夕方の横須賀線で帰ることになる ─ これが「鎌倉観光がつまらない」と感じる理由じゃないかと思います。
つまり「日帰りだから」というよりも、「有名な場所を外せない」という前提によって貴重な時間をロストしてしまうことが、「半日観光の落とし穴」なのかもしれません。
鎌倉の失敗から考える「日帰り京都」の楽しみ方

「せっかく来たんだから」という…有名な場所を外せない考え方。
これは自分自身の問題でもありますが、一緒に行く相手の影響も大きく、「鎌倉に来たなら鶴岡八幡宮は外せない!」と聞かない相手に引っ張られると、半日という貴重な時間をロストすることになります。
こういうタイプの人は、実は「日帰り京都」にも同じようなイメージを持っているのかも。

どうせ日帰りで行っても清水寺や金閣寺を見て、甘いものを食べて、お土産を買って帰るだけでしょ、そんな王道コースを思い浮かべてしまう。
だからこそ「日帰りはもったいない」と感じてしまうのかもしれません。逆に言えば、そういった有名どころをバッサリ切り捨てて動けるかどうかが分かれ目になります。
たとえば今回はここに行く、この景色を見る、この店に入るといったように、自分の目的を絞ってそこに直行する。

この割り切りができる人であれば、往復で数時間かけて京都に行くこと自体は、別に特別なことではありません。
片道2時間という移動時間も、通勤通学で同じくらいの時間をかけている人がいると思えば、そこまで大きな問題には感じないはず。

結局のところ問題になるのは移動時間そのものではなく、目的が曖昧なまま時間を使ってしまうことと、周囲の「考え」に引っ張られて自分の時間を奪われてしまうことです。
「時間効率が悪いから日帰り京都はもったいない!」─ きっとそう思われてますが、その「時間効率」を落としてるのは、「もったいない」と言っている張本人だったりするのかも…。








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