セーラー服って、女子学生の制服のイメージが強いけど、そもそもなんで「セーラー(sailor:船乗り、水兵さん)なの?」って思ったことはありませんか?
この記事はそんな素朴な疑問を抱いた方に向けて、セーラー服の起源や変遷をわかりやすく解説します。そもそもなぜ海軍はあの形を採用したのか。そしてなぜ、それが女子学生に転用されたのか。
その一つ一つを丁寧にひもとくことで、「そういうことだったのか」とすっきり理解できるはず。歴史や文化に詳しくなくても大丈夫。疑問を感じたその気持ちのまま、読んでみてください。
水兵の制服はなぜセーラー服なのか?

セーラー服って聞くと女子学生の制服を思い浮かべがちですが、セーラー服はもともと、海軍の水兵たちが着ていた作業着でした。
水兵たちは船の上ではロープを扱ったり、甲板を素早く移動したりするため、動きやすく引っかかりにくい服が必要とされていたわけです。
そんな中、セーラー服は短めの上着で器具や障害物に絡みにくく、開いた首元は風通しがよくて着脱も簡単。あのスカーフも実は飾りではなく、汗を拭いたり首元を冷えから守ったりする実用品です。
そして何より、あの目を引く大きな襟は、白い制服の首周りや背中の汚れを防ぐための工夫でした。夏は白が基本だったため、汚れ対策として濃色の大きな襟が効果的だったわけです。
冬服ではその意味も薄れましたが、形としての統一感から襟は残り、それがセーラー服の一般的なデザインとなっていきました。
なぜそれが女子学生の制服になったのか

そんな水兵さんたちの作業着、セーラー服が女子学生の制服として使われ始めたのは、明治末期から大正期にかけてのことでした。
この時代、日本は近代国家としての制度を整え始めていて、学校教育も急速に広がっていきます。
男子学生にはすでに「詰襟の制服」という選択肢ができていましたが、女子には洋装の前例がなく、まだ和装が主流でした。
和服は見た目こそ整っていても、動きづらく学校生活には不向きだったため、「新しい制服」の導入が求められていたわけです。そんな時に目をつけられたのが、海軍の水兵が着ていたセーラー服。
西洋由来で近代的な印象があり、作業着としての動きやすさも備えていたため、教育現場にも馴染みやすかったのでしょう。
つまり「かわいさや流行」ではなく、学校側の「ちょうどよさ」から選ばれたのが、女子のセーラー服でした。
詰襟やセーラーがブレザーに変わった訳

もともと詰襟やセーラー服は、軍服に由来した制服です。特に詰襟は前を開ける構造になっておらず、常に正しく着用することが前提。
なので暑くても脱ぐわけにもいかず、かなり動きづらい、日常生活には向かない難物です。実は軍の中でもこの不便さは課題とされ、象徴的な軍服と実務用の服装が分けられました。
日本海軍では、正装である第一・第二種軍装が詰襟のまま、日常業務用の第三種軍装には前開き&ネクタイという構造が採用され、これはまさにブレザーに近い形。
ちょっと意外かもしれませんが、「全体的な統一感」を示す場合は、詰襟やセーラー服の方が向いていると言われます。
最近、男女共にブレザーに変わっていったのは、実は「動きやすく快適だから」でもあったりする。決して「カワイイから」だけじゃないってこと、知っておいてください。








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