昔、自分が書いたポエムを読み返して「うっわ…」って思ったこと、ありませんか? または誰かのポエムを読んで、「いやそれは…」と感じてしまった…的な経験でも大丈夫。
きっと多くの人が知りたいのは、ポエム自体の「痛さ」ではなく…、あのとき感じた「違和感の正体」でしょう。
勢いで書いちゃったのか、自分が歳をとっただけなのか、説明できないまま引っかかっている。そんなモヤモヤがどこから来たのか、「感情の温度差」という視点で見ていきます。
書いた側が悪いわけでも、読んだ側が冷めてるわけでもない。気持ちの動きが言葉に乗る「タイミング」に差があるだけなんです。この記事では、そんなポエムの「トホホな構造」を深掘りします。
ポエムが「痛く見えるトキ」に起きていること

ポエムを「痛い」と言われるのは、ポエムそのものが悪いからではありません。あの「引っかかり」を感じるのは、ポエムを書いた瞬間ではなく、それを誰かに渡したとき。
書く側は気持ちが強く動いているタイミングで言葉を選ぶので、どうしても温度が高くなりますが…、受け取る側が、そのとき同じテンションとは限りません。
この「温度差」があると、ポエムの中身より「違和感」が強くなってしまいます。突然、彼氏がマイ・スイート・ラブソングを熱唱し始める状況を思い浮かべてみてください。
彼氏は盛り上がっていても、自分の気持ちの準備が追いついていなければ、その熱唱は完全に浮いて見えます。
つまり、ポエムは「感情のピークをそのまま切り取った表現」だからこそ、そのピークを共有できないと「痛い」と感じてしまうわけです。
なぜ「ポエムだけ」が痛いと思われがちなのか

でも「書く」と「読む」のタイミングが違う ─ それはLINEや手紙も同じだし、なんでポエムだけが痛いの?って疑問。
これ、ポエムは「好き」「愛してる」「未来はこう」といった、関係を「言い切る形」になりやすい表現だから。でも実際の関係はもっと揺れていて、曖昧さの中で続いていくもの。
だからこそ、ポエムでは「比喩」を使って柔らげようとします。例えば…、LINEだったら「君とずっと一緒にいたい」と、普通に打つだけです。
でもこれがポエムだと、「この大海原を君と二人で航海を続けたい、僕らという海図で…」になる、激ウザですね…。
さらに現代は、ポエムにポエムで返す習慣がないので、「返し方が分からない」というのも大きな原因でしょう。つまりポエムが痛いのは「表現の強さ」と、「現代の文化とかみ合いにくいから」なんです。
ポエムが痛いのは「イケメンじゃない」から?

でも人気アーティストの楽曲は、歌詞がポエム的でも痛くありません。ってことは…結局「顔面の問題」なんでしょ?と思いがちですが…、でも、ちょっと違うかも。
同じように甘い言葉でも、人気アーティストの楽曲として聴くと「痛くない」のは、その言葉が「誰か一人に向けられていない」から。
歌詞は大勢に向けられているので、聴く側は「ただ鑑賞する人」です。だから重く受け止めたり、返事を考える必要もない。
現実の関係を決めつけられることもないので、強い言葉や比喩も世界観として流せます。さらにメロディが言葉の圧をやわらげて、感情を広げてくれる。
一方で、「一対一で渡されるポエム」は、言葉の重さがそのまま届いてしまいます。つまりポエムが痛いのは「顔面」の問題ではなく、それを投げる「場」と「距離感」が関係してるんです。









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