海外株の銘柄を見ていて、日本でいう「商社」がないってこと、不思議に感じた人はいませんか? 特に日本では当たり前の「総合商社」は、海外には存在しないと言われています。
でもなぜ、日本だけが巨大で何でも扱う「総合型」へ発展したのか、これにはちょっと特別な経緯があるんです。
この記事では、そんな「商社」に関するアレコレと、日本と海外の分かれ道がどこにあったのか、わかりやすく解説します。
読み終わるころには「海外に商社がない」というより、「日本が独自に進化した」ということが、スッと理解できるはずです。
日本と海外「商社」に関する基礎知識
「商社」は何をしている会社なのか

商社はよく「売り手と買い手をつなぐ会社」と言われますが、実際にはもっと幅広い役割を持っています。
市場や各国の情報を集め、価格交渉を行い、物流の手配をし、ときには資金を立て替えて信用を補うなど、金融に近い動きまで担ったりもする。
さらに契約内容をつくりこみ、メーカーや銀行、運送会社、現地企業など多くの関係者をまとめてビジネスを進めたり。自分で商品を作るメーカーでもなく、お金だけを扱う銀行でもないという立ち位置。
資源・食料・エネルギーといった上流から、小売や生活分野、発電所などのインフラ投資まで幅広く関わります。
ITの世界だと「SIerといわれる業種」とも似ていますが、自分の資金を投じてリスクを負いながら巨大な案件を動かす点が特徴的。
これだけ多様な機能を抱える日本の総合商社は、世界でもほとんど見られない形です。
海外にも「商社」は存在するのか

では、海外にも「商社」は存在するのか?答えは「Yes」で、それは穀物や原油を扱う巨大トレーディング会社など、特定の分野に特化した「専門商社」は世界中に存在します。
ただ、日本のようにさまざまな分野を横断して扱う「総合商社」は、一般的にはありません。
海外では金融は銀行や市場、投資はファンド、海外展開はメーカー自身が担うなど、商社が持つ機能をそれぞれの組織が独自に担当する仕組みが根づいています。
また資源国では調達ルートが単純で、日本ほど複雑な仲介が必要ないことも背景にあったりする。
さらに企業が自力で資金調達しやすい環境が整っているので、一社に機能を集める必要もなく、分業型が自然に成立してしまうわけ。
つまり海外に商社が「ない」のではなく、日本とは「形が違う」─ この視点を持つことが、商社を知る第一歩になります。
日本で「総合商社」が求められた理由
シンプルに「総合型」が合理的だった

日本で「総合商社」というモデルが必要とされたのは、日本ならではの事情によるものです。
日本は資源が乏しく、海外からの調達に強く依存していたうえ、また明治以降は近代化が後発だったため「短期間で工業化を進める必要があった」んです。
エネルギーや原料を安定的に確保することが、そのまま国力につながっていた時期。巨大な案件が一気に増え、海外との契約やリスク管理のノウハウも十分ではなく、企業が単独で動くには限界がある。
銀行は資金供給に集中していて、物流や情報をまとめる役割までは担えません。
こうした分業では日本の産業が回らず、情報・資金・物流をまとめて管理し、自ら出資して責任を負う存在が必要になりました。
案件ごとに関係者を束ね、国の基盤づくりを広く支える「総合商社」は、当時の日本にとって最も合理的な形だったわけです。
財閥解体と戦後再編が生んだ歴史背景

さて、情報・資金・物流をまとめられて、大きな資金力が必要な「総合商社」ですが…。ご想像通り、この国でそんな事ができるのは財閥系ばかりです。
国も彼らと集中的に組んで強くしたわけですが…、戦後、GHQの指示で財閥は解体され、商社も細かく分けられました。
でも日本の立て直しには外貨を稼ぐ力が必要で、大きな案件を動かせる会社がどうしても欠かせません。解体されたままでは対応できず、商社は再び集まり、1950年代に再び統合が進みます。
そして高度成長期を経て、この統合型はしっかり根づき、「総合商社」は国の基盤づくりを広く支える存在へ育っていきました。
一方で欧米は戦後に大きな再編が起きず、分業の仕組みがすでに整っていたため、統合型に戻る理由がありませんでした。こうした歴史の違いが、日本だけに「総合商社」が残った理由です。







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