総武線や京成線に乗っていて、津田沼という地名の由来が気になったことってありませんか?
実は「市の名前」だと思ってた…。どっかに「津田沼っていう沼」があるんでしょ?— そんな疑問を持つ方に向けて、この記事では「津田沼の由来」をわかりやすく解き明かします。
一見「現代的な街」に見える津田沼ですが、その地形には「沼の痕跡」が静かに残っている…。今回は実際に現地を歩いて地形を読み解くことで、隠された「幻の津田沼」に迫っていきます。
地名に隠された意外な背景を知ることで、街を見る目が変わるかもしれません。
津田沼という地名の由来とは?



津田沼という名前を聞くと、多くの人が「昔そこに津田沼という沼があった」と思いがちですが、実際にはそうではありません。
明治22年、町村制の施行にともなって複数の村が合併してできた、新しい地名が「津田沼」です。(Wikipedia)
具体的には谷津村の「津」、久々田(くぐた)村の「田」、鷺沼村の「沼」といった具合に、それぞれの地名を一文字ずつ取って誕生しました。つまり「津田沼」という沼が存在したわけではありません。
ちなみに津田沼は駅としては有名ですが、市の名前ではなく千葉県習志野市に位置します。なお「沼」という字が含まれるだけあって、水と無縁ではないのは確かです。
とくに鷺沼村(現:習志野市鷺沼周辺)は、かつて沼があったと伝わる場所です。ということで、今回はJR津田沼駅周辺と鷺沼周辺で「幻の津田沼」を探してみようと思います。
津田沼には「沼」があるのか?




JR津田沼駅の南口。ここはマンションや大型商業施設が立ち並ぶ、完全に都市の顔をした場所です。でも実はこの周辺、かつて「庄司ヶ池(しょうじがいけ)」という池がありました。
これは「津田沼の由来」とは直接関係ありませんが、水と関わり深い土地だった証拠とも言えるでしょう。実際に現地を歩くと、ベルクから第一中校方面へ緩やかに下っていることが分かります。
特に突き当たりの交差点付近は、窪地のような感覚が残っていて、かつて池の底だった地形を体感できます。

国土地理院の標高図を見ても、JR津田沼駅が台地上にあり、西側へ向けて下っていく構造が読み取れます。
この地域はもともと雨水が集まりやすい場所でしたが、現在は排水設備が整備され、ハザードマップ上でも洪水リスクが低い安全な街になりました。
だからこそ、いまのような都市の姿が成り立っているわけです。
津田「沼」はどこにあったのか?



では、津田「沼」はどこにあったのか。その答えは、「津田沼」に「沼」の字を持ち込んだ張本人、鷺沼にあります。
実際、習志野市の公式サイトにも「堀田川の源に沼があった」と記されており、これは現在の鷺沼1〜3丁目周辺の低地を指していると考えられます。
一方、航空写真では湿地帯のように見える鷺沼4〜5丁目の広大な農地エリアですが、ここは標高が高い台地上に位置するため、沼ではなかったと見るのが妥当でしょう。
ちなみにこのエリアは長らく農業振興地域として保全されてきましたが、2025年頃から区画整理が進み、住宅地としての開発が始まっています。



つまり本当に湿地や沼が広がっていたのは、鷺沼城がある台地の東側、堀田川(現在は暗渠化)に沿った低地帯です。
そう考えると、津田「沼」は現在の習志野市鷺沼3丁目付近にあったのではないか、そんな想像が浮かんできます。
※本記事には、現地観察や地形をもとにした筆者の考察を一部含みます。








コメント