海外ではなぜ、寿司がここまで人気になったのか。その理由を知りたい人に向けて、この記事を書きました。
見た目がきれい、ヘルシーといった「教科書通りの説明」ではイマイチ腑に落ちない。いったいなぜ、寿司だけが世界で「特別扱い」されてるのか。
この記事ではまず、よく語られる「教科書通りの理由」も押さえつつ、同じ条件の料理が海外で「寿司ほどバズってない」理由も見ていきます。
そして「生魚文化が海外でどう受け入れられていったのか?」という根本にも触れていく。読み終える頃には、寿司が人気なのは地形や物流が積み重なって生まれた「必然だった」と分かるはずです。
海外で寿司が人気な「一般的理由」

寿司が海外で広まった理由として、まずあげられるのが「ヘルシー」ということ。味が軽くて、重さがないので選びやすい。
見た目もかわいく写真映えもバッチリですが、実は「食材が明確」という点も大きいんです。
これ、国によっては「牛・豚・鳥」を確認しないと食べられない人も多く、宗教的に問題がないかを気にします。一方の寿司はその心配がなく、どの角度から見ても「魚」。
また日本食への評価の高さも追い風になりました。さらに巻き寿司は中身の食材を差し替えるだけで成立するので、「ベジタリアン」、「グルテン回避」といった制約のある人でも選びやすい。
こんなわけで、海外チェーンの拡大とともに一気に浸透したようです。
また映画やドラマ、日本文化への関心、箸を使う体験の面白さも積み重なって、寿司は「分かりやすい特別枠」として定着しました。
でもなぜ「寿司だけ」が人気なのか

寿司だけが世界で人気になった理由を「条件がそろってるから」で片づけるのは無理があります。
軽くてヘルシーで映える料理なんて、生春巻きやポケボウル、セビーチェ、タブレサラダ、蒸し点心など「いくらでもある」わけですが…、どれも寿司ほどは広がってません。
それは「映え」「ヘルシー」「軽い」などに加えて「魚料理」という条件が入ると、寿司以外は対象から外れてしまうからです。
多くの国では「肉料理が日常」だったり、宗教の都合上「魚が選びやすい」わけですが…、でも魚なら何でもいいってわけでもない。
揚げ魚はヘルシーじゃないし、焼き魚は「ちょいグロ」だし骨があって食べにくい。一方の寿司は「全ての条件を満たした万能な魚料理」。
まあ「生魚」だから、そりゃあカロリーは低いに決まってるんですが…、そんなこんなで寿司が選ばれた、という話です。
海外と「生魚」の深いようで浅い関係
海外では「生魚」に抵抗はないのか

でも外国人が「生魚」を食べるって…、大丈夫なの?─ 実際、海外で「生魚を食べる」ということが最初から受け入れられていたわけではありません。むしろ「強めに警戒」されています。
ただ、その理由は味ではなく「地形と物流」。魚は時間が経つほど痛みやすい食材ですが、昔は冷蔵輸送がないので、海から離れた地域には生魚が届きません。
届かない食材は日常的に食べようがなく、食べないものは文化にもならない。つまり「食べない」ではなく「食べる機会がない」が実態です。
これ、実は同じような話が日本にもあるんです。
「魚尻線」という考え方なんですが、これは「生魚を海から届けられる地域の境界」を示す概念で、この線より山側は「別の謎タンパク源文化」が育ちやすい。
つまり日本ですら、かつては「全ての地域で生魚が食べられたわけじゃない」ってことなんです。
海外はどうやって「生魚」に慣れたのか

でも海外で寿司が広まった流れを見てみると、いきなり「生魚」挑んだわけじゃなさそうです。
まず、パリやベルリンみたいな大都市は海から遠く、歴史的にも生魚に触れる機会は少なかったはず。なので「いきなり刺身」はビジネスとして無理筋だったでしょう。
そこで入口になったのがカリフォルニアロール。海苔の黒が嫌気されて裏巻きになり、具材もカニカマやアボカド、エビフライみたいなものばかり。
最初は「生魚なしの寿司」が主役だったわけです。店が増えて慣れていくと、「寿司ってヤバくないじゃんYO!」という空気ができて、少し生っぽい具材が入ってくる。
そこからサーモンやマグロの「生魚」へ段階的に踏み込んでいく流れが生まれた。
つまり海外では「生魚に突然慣れた」のではなく、寿司スタイルで少しずつ「生魚に慣れていった」、というのが実態のようです。








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