静岡出身者の言い方がきつく感じる。あるいは自分が「静岡の人ってきつい」と言われてモヤモヤしたなど、この記事ではそんな違和感の正体を考えます。
「静岡県民の性格がきついのか?」と言われると、私はそうは思いません。ただ、そう見られてしまう理由について、実は「思い当たること」があるんです。
静岡出身の母を持ち、静岡に多くの親族や友人がいる私が、「静岡が外からどう見られやすいのか」について整理します。
相手を雑に決めつけずに理解したい人にも、自分の言葉に不安を感じている人にも、落ち着いて考える「きっかけ」になるはずです。
静岡県民の性格は本当にきついのか

まず、静岡県民の性格が本当にきついのか?と言われると、私はかなり違うと思ってます。というのも、静岡県は東海道の宿場町が多い土地だから。
ここは昔から旅人が行き交い、休み、食べ、また次の土地へ向かう。その流れの中で人を迎えること、人にきちんと振る舞うことが生活の一部になってきた県なんです。
だから、人に対して冷たい土地というよりも、むしろ人を受け入れる文化が根づいてきた場所だと考えるほうが自然です。

実際、私の母は静岡生まれで、母方の親族や知人にも静岡の人が多いのですが、私は一度も「静岡の人がきつい」と思ったことはありません。
だから、静岡県民の性格そのものがきついという説明には、無理があると感じています。少なくとも、最初からそう決めつけてしまうのは違うんじゃないか、そう思うわけです。
実はあまり知られてない静岡のこと

静岡についてよく言われるのは、「とにかく長い」ということでしょう。確かに東名高速を走っていても、御殿場から豊橋の手前までずっと静岡県。
でもこれは静岡県民にとっても同じで、彼らが県外へ出るのはかなりハードルが高いんです。首都圏の人が東京へ通勤・通学するような感覚はなく、基本的に全ての動作が県内で完結します。
実際、静岡市から小田原市までは往復210km、豊橋市までは往復240km。さらに南は駿河湾、長野県境は南アルプスに遮られるため、静岡県は地味に閉鎖された地形です。

まあでも確かに閉鎖はされてますが…、県内には海も山も川も、大きな街もあって、その気になれば東京や名古屋にもサッと出られる好立地。だからこそ、逆に県外へ出なくなるのが静岡の人。
こんな事情から、静岡ならではの「話し方」が残っていたりします。それが、「静岡はきつい」と思われる原因になっているかもしれません。
静岡出身の母が使った「とある言葉」

まず前提としてお伝えしたいのは、私の母は静岡市の出身だということです。同じ静岡県でも、浜松・掛川や伊豆エリアは文化が違うので、この話のケースは当てはまらないかもしれません。
さて、「静岡の人がきつい」と聞いて、私が思い当たったのが、母がずっと使っていた「アンタ」という言葉。
私は子どもの頃から「アンタ、宿題やったの?」「アンタ、お兄ちゃんなんだから…」みたいに普通に言われて育ちました。でも私は、それを「きつい言葉」だと思ったことは一度もありません。
ところがある時、母が「私の言葉、きついって思ったことある?」と真顔で聞いてきたんです。どうやら「アンタという表現はおかしい」と姑に言われたらしく、不安になったみたいでした。
「ちょっとアンタ!」みたいに、相手を挑発するような時に使う言葉だと…。
「アンタ」は東京の下町でも使われる

母は「アナタ」が訛って「アンタ」になってしまうと言っていましたが…、私が「まったく気にしていない」と伝えたところ、母はホッとした表情を浮かべていました。
姑に嫌味を言われるのは仕方ないけど、無意識のうちに息子を傷付けていたらどうしよう ─ そっちを心配したようです。
そんな私も、結婚して東京の足立区で暮らすようになりましたが…、なんと奥さんのお母さん(東京生まれ)も普通に「アンタ」と言ってます。しかも、旦那や娘たちに高頻度でバンバンと。
「ねえちょっとアンタ!冷蔵庫からアイス出してやって」みたいな感じで。
ときどき、うっかり私にも「アンタ!ビール飲むでしょ?」などと言ってくるのですが…、「あらごめんなさい、わたし口が悪いのよね〜」とケロリ顔。
つまり自覚はしてるみたいですが…、残念ながら、私は「アンタ耐性」持ってるんだよな…。ビール、いただきま〜す。







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