茨城県にある涸沼(ひぬま)。ちょっと変わった字ですが…、「これで“ひぬま”って読むの?」なんて気になった人、けっこう多いと思います。
行政のサイトにも由来の説明は出てきますが、読んでみても「結局どういうこと?」とモヤモヤだけが残ってしまう。
というわけで、今回は実際に現地へ足を運び、涸沼という名前の「真の由来」について考えてみることにしました。
この記事では「涸沼水鳥・湿地センター」のスタッフからお聞きした情報などを元に、「涸沼という名前の由来」、そして「この漢字が使われている理由」について、地形や環境の面から掘り下げていきます。
涸沼という名前の由来:まずは「公式の見解」

他のサイトでも見たかもしれませんが…、涸沼という名前の由来としてよく挙げられるのがこれ。
奈良時代の「常陸国風土記」に出てくる「阿多可奈湖(アタカナノミナト)」と、平将門に関係するとされる「蒜間の江(ヒルマノエ)」という古い地名です。
実際、「涸沼水鳥・湿地センター」も、この二つの説で説明されていました。ただ、「なぜ“涸”という漢字が使われるようになったのか?」については、イマイチ理由が分かっていないんだとか。

そもそも「涸」という漢字は枯れる、干上がるといった意味を持っていますが、涸沼がこれまでに干上がったことはないそうです。
つまり「干上がった(涸れた)沼だから涸沼」と言い切れるわけではない、ということ。このあたりの説明がスッとこないから、「公式見解」を読んでもモヤモヤだけが残ってしまうんだと思います。
なお、「涸」は”水が枯れる、干上がる”という意味ではなく、”海水と淡水が混じった汽水域”を示しているという説もあるそうです。
現地を歩いて考えた「涸沼に関する独自の仮説」
それでは、ここからは実際に現地を歩き、「涸沼水鳥・湿地センター」のスタッフからお聞きした話などをもとに、涸沼の名前や漢字の由来について、「自分なりに立てた仮説」を掘り下げていきます。
入江だった「干潟」が「涸沼」になった説

涸沼という名前について考える中で、元々は入り江だった「干潟(ひがた)」が「涸沼(ひぬま)」になったんじゃないか?─ という仮説が浮かびました。
涸沼は関東で唯一の汽水湖、潮汐によって水位が変わります。特に大潮の干潮時などは水位がぐっと下がり、干潟のように見える場所もあるそうです。
そんな干潟が、あとから土砂でふさがれ沼に変わり、さらに干拓によって浅瀬が固められて農地になった ─ そんな経緯をもつのが「涸沼」です。

「干潟」「浅瀬」「固めた」─ こういった経緯から、この水辺のイメージにぴったりな文字として「涸」が使われるようになったのではないか?と思いました。
実際に干上がったわけじゃなくても、そう「見えた」ことが名前に影響したのかもしれない。これは現地を歩いて、見て、聞いて、考えた、ひとつめの仮説です。
砂並草原に覆われて水辺が見えなかった説

「涸沼水鳥・湿地センター」の展示を見ていて、もうひとつの仮説を思いつきました。それは「葦原などに囲まれて、周囲から水辺が見えなかったら“干上がってるように見えた”のでは?」というものです。
涸沼は、かつて食糧難の時代に広い範囲 ─「浅瀬」を農地に変えてきた歴史があります。そしてその「浅瀬」が、もし「広大な葦原」だったらどうなるか?
その場合、岸からは「水面がほとんど見えない」可能性があるわけです。実際、現在でもその雰囲気を感じられる場所が残っていて、それが「砂並草原(さなみそうげん)」という湿地。


行ってみると、沼の上なのに「一面の草原」で、水面は遠くに見える程度です。この風景を見て、私は「これなら“涸れた沼”と言われても不思議じゃないな」と思いました。
それが「涸」に結びついたというのが、二つめの仮説です。
汽水湖だからこそ美味い!「涸沼の沼メシ」


さて、涸沼は関東で唯一の汽水湖で、淡水と海水が混ざるちょっと変わったタイプの水辺です。
しかも海とのあいだに堰がないため、海の生き物がそのまま遡上しやすく、天然ウナギの産地として知られています。
ウナギが自然のまま定着している場所は貴重なので、釣り好きにはたまらないスポット。さらに「ハゼ釣り」や、名物の「シジミ」など、沼でこの3種がそろうのは「汽水湖ならでは」です。
天然ウナギは養殖モノより脂が少なめなので「天ぷら」にも向いていて、現地では貴重な「ウナギ天丼」が食べられる店もあるほどです。


ハゼの天ぷらも柔らかくて味がよく、シジミ汁も出汁がしっかり出ていて、じわっと染み渡る味わい。
こういった「沼メシ」があるのも、「ちゃんと命がめぐってる湿地」─ さすがラムサール条約に登録されてる名湿地!だなと感じます。








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