「イギリスの料理はまずい」とよく聞くけれど、本当にそうなの?と疑問に思ったことはありませんか。この記事はイギリスの食文化に興味を持つ方へ向けたものです。
歴史や階級、戦争など、よく挙げられる理由を整理したうえで、なぜここまで「味」が置き去りにされたのかを深掘りしていきます。
さらに後半では「ティータイム文化」が夕食の質を下げたという意外な仮説にも触れます。通説をなぞるだけでは見えてこない、イギリス料理の本質に少し近づける内容になっています。
イギリス料理はなぜまずいのか?
豊かなのに料理が育たなかった理由

イギリスには王室があり、貴族文化も深く根付いています。産業革命を早期に成し遂げ、世界をリードする経済力を持っていた時期もありました。
決して「貧しかったから料理文化が育たなかった」という単純な話ではありません。しかしその豊かさにもかかわらず、イギリスでは「味を追求する文化」があまり発展しませんでした。
最大の理由は食事に対する価値観です。イギリスでは古くから「食べることは”栄養補給”」という意識が強く、料理は効率よく済ませるものであり、楽しむものという感覚はあまり育っていませんでした。
つまり素材や資源はあっても、味への執着がなかったのです。豊かな国でありながら、料理だけが「文化として置き去り」にされた背景がここにあります。
歴史と階級が味の進化を妨げた

イギリス料理の停滞には、長く続いた階級社会の影響も大きく関係しています。貴族階級は「食事は上品に取るもの」であり、味よりもマナーや形式が重視されてきました。
一方で労働者階級には「空腹を満たせれば十分」という価値観が広まり、味にこだわる余地がそもそもなかったのです。
さらに第二次世界大戦中の厳しい食料配給制度が料理文化に追い打ちをかけました。制限された食材とシンプルな調理法がスタンダードとなり、それが戦後も長く定着してしまったのです。
こうしてイギリスでは「料理の進化」という流れ自体が止まってしまいました。階級による価値観の断絶と戦時の食習慣が、味覚文化を抑え込む形になったといえるでしょう。
夕食が重視されない国の構造

イギリスでは他国と比べて夕食の位置づけが「根本的に軽く扱われてきた」面があります。
伝統的な食習慣の中で朝食と昼食はそれなりにしっかり取る一方、夕食は「軽く済ませるもの」として見なされていたのです。
加えて16時のアフタヌーンティーが「日中のメインイベント」として存在していたことで、夕方にはすでに満腹という状態が常態化していました。
そのため夕食のメニューはシンプルで、手間のかからないものになりがちでした。家庭でも「ディナーはごちそう」という文化が育たず、外食でも味に期待するという感覚が広まりませんでした。
夕食が主役になれなかった国。それがイギリスの料理文化に「コクと深みがない理由」の一因なのかもしれません。
ティータイム文化が夕食を壊した理由
夕方に甘いものを食べすぎていた

イギリスのティータイム文化は単なる習慣ではなく、国民的な儀式ともいえる存在です。
特にアフタヌーンティーは16時を過ぎた頃に紅茶とスコーン、ケーキ、サンドイッチなどを楽しむもので、歴史的にも貴族から庶民へと広まった「甘くて優雅な時間」でした。
ただここで問題なのは、そのボリュームです。紅茶だけならともかくケーキや菓子パン、甘いペーストをたっぷり乗せたスコーンまで食べてしまえば、当然夕食時にはお腹が空いていません。
しかも当時の生活リズムでは、夕食は日没前の早い時間に取るのが一般的。結果として「甘いもののあとに軽く塩気で締める」くらいの感覚が定着し、夕食が主役にならない文化ができていったのです。
満腹のまま迎える夕食の弊害

ティータイムで糖分とカフェイン、脂質までしっかり摂ったあとに迎える夕食は、すでに「食欲ゼロ」の状態からスタートします。
人間の味覚は空腹と連動して敏感になりますが、満腹状態では感度が鈍くなり、料理に対する期待値も下がります。
結果として「味にこだわる必要がない」「とりあえず何か食べておくか」という意識になりやすく、料理に工夫を加える文化が育ちません。
さらに夕食に力を入れないことで、家庭でも外食でも「イギリスのご飯は期待しない」が当たり前に。
味覚が発展する余地が時間帯ごとに潰されていたともいえるでしょう。空腹を軸に設計されていない生活リズムが、国単位での「料理力」を押し下げていたのです。
おやつ依存が料理をダメにした

子どもがお菓子を食べ過ぎて夕飯が入らなくなる ─ そんな光景が、イギリスでは国民全体で日常化していたとも言えます。
ティータイムでケーキやスコーンをしっかり食べることで甘さに満足し、胃もほぼ満たされてしまう。あとは塩気のあるものを少しつまめば十分。(ケーキの後はポテチが食べたくなる症候群です)
つまり夕食が「味のピーク」になることはなく、むしろ「調整タイム」のように扱われていたのです。これが繰り返されることで、食文化そのものが「夕食を中心に設計されない」状態に定着しました。
甘いもの中心の生活は食事を義務化させ、楽しみや創造性を奪っていきます。
イギリス料理が進化しなかった背景には、この「国民的おやつ依存」という誰も指摘しなかった盲点があったのかもしれません。
まとめ

イギリス料理はなぜまずいのか ─ その問いには歴史や階級社会、戦時中の食糧事情など、複数の背景が絡んでいました。
ただ今回の考察で浮かび上がったのは、16時のティータイムという「甘い文化」が夕食そのものを脇役にしてしまったという視点です。
お腹が空いていない状態で迎える夕食では味覚は鈍くなり、料理に創造性や工夫が入りにくくなります。これが日常化すれば、文化としての食事が育たないのも当然かもしれません。
「おやつの食べすぎで夕飯がまずくなる」という子どもへの忠告が、実は国全体の食文化に当てはまっていた ─ そんな仮説にたどり着いた今回のテーマ。
ちょっと笑えて、でも妙に納得してしまう不思議な答えだったのではないでしょうか。
【編集後記】渋谷でイギリス料理を食べてみた


渋谷駅の宮益坂下の交差点すぐのところに、「ブリティッシュショップ」という英国食材のお店があります。(公式HP)
たぶん普通に歩いてたら気づかずに通り過ぎるレベルの立地ですが…、渋谷で気軽にイギリス料理が食べられると聞いて、「じゃあ、どんだけ不味いのか体験してみよう!」ってノリで行ってみました。
ここはイギリスから直輸入した食材を扱ってるショップ。イートインもできて、パイやスコーン、紅茶などが楽しめます。

ただ、メニューがちょっと分かりづらいかも…。商品と見比べながら、「これなんだ?」っとなりつつ、アタフタしながら注文する感じでした。いい感じ!こういう英国体験を期待してました!
今回頼んだのはカレーっぽいパイと、豆シチュー的なパイ。それとスコーンと紅茶のセット。
で、まずパイですが…、外側がかなりしっかり焼かれてて、サクサクというよりザクザクに近い感じ。中のカレーは思ってたよりちゃんと辛くて、唐辛子の粒が見えるぐらいに攻めてきます。


でも中の豆はホクホクで味もしっかり染みてて、普通に美味しい。もう一個の豆シチュー的なパイも、どちらも肉が入ってないのにちゃんと満足感があるし、中はトロトロ、外は硬めという対比がすごくいい。




スコーンも同じで、全体的にドライですが、その分ジャムでバランスを取っている感じです。そして、なにより一番しっくりくるのが英国紅茶。
これがすべての前提で組み立てられてる感じがあって、「食べては飲んで」とやってると、ちゃんと完成する感じ。
今回は「不味いイギリス料理を食べるはずだったのに、普通に美味いじゃん…」になってました。なので、少なくとも渋谷で食べる分には…リピートしたくなっちゃうかも。








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